私の最高な姉の話を聞いてってくれ

私には姉がいる。

歳が六つ離れた姉で、彼女は私が生まれる前から私のことを大好きでいてくれた。

私がお腹にいると知った日、彼女はみるみる目を輝かせ、

「私、お姉ちゃんになるの!?」

と言ったという。両親はその時の姉のことを、

「文字通り、目が輝くというのはあれのことを言う」

と語る。

姉は学生時代、一人暮らしの部屋に私の写真を飾っていた。

どんな姉馬鹿なんだと思う。

だけど、私はそれをはるかにしのぐ妹馬鹿である。

 

 

まず姉のどこが最高かというと、一人称が「お姉ちゃん」なところが最高だ。

私に対して常に姉は「お姉ちゃんはね」と語る。

彼女は私が産まれてから今日まで、ずっと私の姉でいてくれているのだ。

ある時私たちは派手な喧嘩をした。

私の神経質な物言いが彼女を怒らせたのだ。

姉は私に、「お姉ちゃん今怒ってるからね、落ち着くまで時間が必要だわ」と宣言した。

最高だ。

怒っていても彼女の一人称はお姉ちゃんなのである。

どんなに私が彼女を怒らせても、彼女は私のお姉ちゃんでいてくれるのだ。

更に落ち着くまで時間が必要、と言ってしまうあたりも良い。

ずっと黙って不機嫌でいられるより良い。素晴らしい。

 

次に姉は、少しお馬鹿である。そこが愛おしい。

ある時帰省した姉に、「ごはん作って」と言われた。

私は冷凍うどんがあることを確認し、「具が何もないから、素うどんになっちゃうけどいい?」と尋ねた。

姉は不思議そうな顔で、

「うん」

と言う。

なんだか不安な反応だ。もう一度、「素うどんだよ?」と確認してみる。

姉は答えた。

「めんつゆがいいな」

姉の言いたいことを瞬時に理解した私は、「めんつゆだよ!!!!!!!!!」と30億dbで答えた。

姉は、素うどんが分からなかったのだ。

姉の頭の中では語感から完全に「酢うどん」が出来上がっている。

 

その他にも、姉面白トークは尽きないのだけれど、あまり語るとその独創性のあまり身バレするので記すのはやめておく。

 

そして姉の一番好きなところ。

それは、常に「自然体」で生きているところだ。

 

私は姉とは対照的に、自意識過剰で、周りの目や社会に対しての自分の在り方ばかりを気にして生きている。

一方で姉は、そういうものからは離れた場所で自由に生きている。

自分のために自分で生きている。

そういう姉と一緒に居るととても心が楽になる。

 

私は可愛いものが好きだ。

ゆるふわな動物のイラストとか、ぬいぐるみとか。

だけどそれを堂々と好きと言えない。なんとなく恥ずかしいし、周りの目が気になるから。

20超えた女がこんなかわいいもの持っていたら恥ずかしいかな、痛いって思われるかな、と思ってしまう。

 

先日、姉と買い物に行った。

私は以前から可愛いと思っていたぬいぐるみのお店に姉を連れて行き、

こっそりと、恥ずかしがりながら、

「これ最近ずっとほしいなって見てるの」

とカワウソのぬいぐるみを指した。

私は、「いい年してこんなの好きなの」とか「好きだねえ(笑)」と言われると思っていたのに、姉は大きな声で、

「可愛い!!!」

と言った。

「お姉ちゃんが買ってあげる!!!」

とも。

何日もお店に通って、直接手に取ることさえ恥ずかしくて、横目に見るだけだったぬいぐるみが一分後にはもう私の手の中にあった。

 

私が恥ずかしい、とか、周りにどうみられるんだろう、と躊躇してしまうことを、

姉は一瞬でやってしまう。

「なんで? 好きなら好きでよくない!」

と本気で分からない顔をして言ってくれる。

私はいつも恐る恐る生きている。

自分の好きなものを人に話すとき、笑われないかな、ひかれないかな、と思ってしまう。

姉はそんな私の好きを、いつもあっけらかんとした顔で受け止めてくれる。

 

タピオカを飲んでみたい。

だけど長い列に並んで鹿のマークのあの有名なタピオカ屋さんに行くのはなんだか軽薄なようで、恥ずかしい気がする。

そんな私に姉は言う。

「あのね、お姉ちゃん、流行ってる有名なタピタピ飲んでみたい」

タピタピて。

 

カワウソのぬいぐるみに心の中で名前を付けた。

だけどそれを公言するのはさすがに痛いから黙っておこう。

姉、「その子名前なんにするー?」

名前つけていいんだ。そっか。

 

 

姉は人を肯定する。

それも無意識に。それが当然だから。

人を受け入れる姉は、自分も受け入れられると信じて疑わない。

純粋すぎると思う。誰かに傷つけられないといいと思う。だけど心の底から、みんなが姉のように生きるべきだと思う。

 

 

眠れない夜、私はカワウソのぬいぐるみを抱きしめて眠る。

姉みたいになりたいと祈りながら眠る。